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コジのこと



山田小次郎 (1998.8.18−2013.5.29)

 

コジが天国へ逝ったのは、
マリンが旅立ってからちょうど2か月後のことでした。

そんなに急いでマリンを追いかけていかなくてもよかったのに。コジ。
生まれてこの方一人っ子になったことがなかったから淋しかったの?
それとも高齢で病気だったマリンに遠慮して自分の重い病気を隠し続けていたの?

コジ。
賢かったコジ。飼い主にひたすら従順だったコジ。食べるのが大好きだったコジ。ルンに滅法弱かったコジ。マリンにこっそり甘えん坊だったコジ。猫に人気だったコジ。車で出かけるのが大好きだったコジ。俊敏なデブだったコジ。PCデスクの下がお気にいりだったコジ。
もう一度お前の笑顔を見られるなら、どんな代償だって払えるのに。コジ。




5月23日(木)
今月になって、コジを長い間悩ませていた皮膚病は「尋常性天疱瘡」という難病で、完治は望めないことが宣告されました。自分の免疫が異常に働いて自身の細胞を次々と壊していく。治療をしなければ確実に死を招く恐ろしい病気。でも、治療をすれば最大3年は延命できることを知りました。
コジの病気を治したい。治せないなら症状をやわらげてやりたい。
その一心で治療を続けてきたけれど・・・・・・老犬コジの腎臓は長い投薬治療ですっかり疲弊してしまったのでした。
一週間前、急性腎不全で緊急入院したコジ。
その後、日中は入院、夜は自宅で看護の体制で過ごす。
とにかくお水を飲ませる。そしておしっこを出す。壊れてしまった腎臓はもうもとには戻らないけれど、今、正常に働いている部分をこれ以上壊さないように。働きがよくなるように。
お水もまだ自分で飲むし。部屋の中ではしっかり歩いて自分の居場所を決める。



5月24日(金)

今日の血液検査の結果もあまり芳しくない。
BUN、CREは依然ぶっちぎりに高く、カリウム、クロルは低すぎる。おしっこの量が減ってきた。



5月25日(土)
 
終日入院したコジの付き添い。
入院部屋に座布団を持ち込んで点滴の合間にお水を飲ませる。

今日も下痢。

目がきちんと閉じられなくなってきた。乾くのでドライアイ用の目薬を入れる。

5月26日(日)
今日は一日自宅で過ごす。
昨日の下痢からどんどん弱っていくコジ。
1時間おきにシリンジで50ccずつぐらいお水を飲ませる。受け付けないことが多い。
そしておしっこにも連れ出すけれど、ほんのわずかしかおしっこが出ない・・・・・・。
後足がふらふらしている。もう立てなくなってきた。

5月27日(月)
今日は平日なので日中入院。
昼面会して、夜お迎えに行く。
下痢がひどい。そしてシリンジで与えた栄養液も嘔吐してしまった。
依然おしっこは自力ではほとんど出せない。
導尿してもらってもおしっこ自体が作られていないので出ない・・・・・・。
心臓も弱ってきている。
コジ、息が苦しそうだ。
これ以上私たちにできることはないのか。

私は無力だ。

5月28日(火)
待たせたね。コジ。もう独りぼっちにはしないから。

仕事を休んだ。
もう、いつまでだって休む。


私にしてやれることがあるとしたら、ひと時も離れずそばにいて、どんなにコジを愛してるかを語り続けることだけだから。

5月29日(水)

 

今日は自宅で点滴を入れながら看病をする。時々シリンジでお水を入れてやる。鼻づまりを除いてやる。目が乾くので目薬を入れてやる。・・・そんなことしかできない。

朝、病院で新しい点滴液をもらった時に「最後は苦しんで血を吐くから、覚悟して。」と注意を受ける。血を吐く姿を見るなんて、正気でいられるかどうかわからない。正直自分がどうなるかわからない。でも、私が看なければ。私の相棒だもの。 

そして、その時はやってきた。
昼過ぎから息が荒くなり、小さく痙攣をしはじめた。そして、静かに首を後ろに反らせると、すーっと息が止まった・・・。


静かにコジの一生は終わったのでした。12時43分。

抱き上げた私の膝で魂のひと息が出て行ったのを実感した。この手で、この膝で、コジを送り出した。

しばらくしてパパが大急ぎで仕事から帰ってきた。ふたりでコジの体をきれいにしてやる。
パパがぐったりしたコジのなきがらを抱き上げたとき、しゅーっと小さな音をたてて空気が抜け出た。
コジ・・・この息はパパのために残しておいたんだね。

5月30日(木)

一日コジの亡骸と過ごす。

昨日こと切れた時に血を吐かなかったコジ・・・。
亡骸になってから鼻から少しずつ出血してきた。
溜めていたんだ。我慢していたんだ。コジ。

その後もずっと鮮血が出てきた。こんなにたくさんの血を体の中に溜めて、ずっとずっと我慢してきたのか。
 

5月31日(金)
 
コジがお骨になったのは、マリン、ルンと同じ海の見える霊園でした。

沢山のツバメが飛び交う空を天に向かって、コジが昇って行きました。

ああ、私たちの息子が逝く。
私の相棒が逝く。

 

沢山お弁当を持たせたから。
ステーキ肉もぎっしり詰めた。大好きなパンやチーズ、毎朝食べていた納豆、お弁当の定番のササミとブロッコリー、マリンズ玉子焼き。いっぱい食べるんだよ。どれだけ食べてもいいんだ。でもちょっとマリンとルンにだけは分けてあげてね。



別れの言葉なんて言いたくないけど
これだけは言わなくては

ありがとう。幸せだった。




 

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